ふとしたことで、人は思いがけず、すれ違ってしまうもの。ほんの一言、言葉が足りなかっただけなのに、その沈黙の間に、誤解や怒りが生まれてしまう。けれど、もしそこに、「聞こうとする気持ち」が差し出されていたら――関係の糸は、ほどけずに静かに結び直すことができたかもしれません。対話とは、言葉を交わすことだけでなく、相手の“言えなかったこと”を、やさしく照らす行為なのかもしれません。
先日、久しぶりに約束していた友人宅を訪ねました。ところが、ご亭主はまだ帰宅しておらず、
私は奥さんと、共通の友人の奥さんと子どもたちと一緒に、お茶を飲みながら他愛のない話をしていました。そのうち、酒の匂いをまとったご亭主が、ふらりと帰ってきました。
奥さんは、事情を聞く間もなく、「約束しているのに外で飲んでくるなんて、いったい何を考えているの!」と一喝。するとご亭主も、「帰ったそうそう、うるさいんや!」と応戦。私がいることなどお構いなしに、夫婦喧嘩が始まりました。
面白くなって、少し距離を置きながら観察していると、案の定、二人とも自分の正しさを声高に主張し始めました。よく言われる「夫婦喧嘩は犬も食わない」とは、まさにこのこと。客観的に見ていると、どちらの言い分も一理あり、どちらにも偏りがある。けれど、当事者同士になった途端、冷静さは消え、自分の正当性だけが前面に出てきてしまうのです。
今回の奥さんの怒りも、単に「約束を破られた」ことだけが理由ではなく、日ごろから積もり重なった感情が、今回の出来事をきっかけに一気に噴き出したもののように感じました。感情は、溜めれば溜めるほど、ちょっとしたことで噴き出す――。それは、誰の身にも起こりうることです。
私は日ごろから、当協会のアンガーコンディショニングを通して、怒りとの健やかな向き合い方を伝えていますが、このスキルは単なる「感情の抑え方」ではありません。自分の内面を理解し、人との関係性の構造を知った上で、適切な距離と対話を選び取る“自立型”のスキルなのです。
知識として学んだだけでは活かせない。けれど、日常の会話の中で、少し意識を向けるだけでできる小さな工夫があります。それが、相手の言葉の「足りない部分」を、質問でそっと埋めてみること。
例えば、今回のご亭主が放った「付き合いやから仕方ない」という一言。その言い訳を、奥さんがそのまま受け取ってしまうと、「私よりも大事な付き合いって、どういうこと?」と、さらに言葉が鋭くなっていくのは当然です。けれど、もしこう問いかけていたらどうでしょう。
「今日のそのお付き合いって、仕事関係の方だったの?」そんなふうに問いかけられたら、酔って帰宅したご亭主にも、言い訳ではなく、説明する“余白”が生まれます。相手を責めるのではなく、言葉の奥にある背景を、そっと汲み取るようにね。
こうした「穴埋め質問」は、日ごろから意識していれば、自分の中に“型”のようなものが育ってきます。その型があることで、感情に飲み込まれそうな場面でも、自然に問いが生まれる。それは、感情を抑える力ではなく、関係をなだらかに保つための「対話力」になります。
小さな実践
会話の中で、相手の言葉にイラッとしたとき、その背後にある“言葉になっていない部分”を埋める質問をしてみて下さい。最近、あなたが少し引っかかった会話を思い出して、そのとき、どんな「問い」を投げかけていたら、もっと柔らかなやりとりになっていたでしょうか。下記にシーン別に「言葉の奥をそっと照らすため」の穴埋め質問の実例を参考にしてみて下さい。
1. 家庭内:子どもが宿題をせずにゲームばかりしている
NG対応:
「いつまでゲームしているの!宿題はどうしたの?」
穴埋め質問:
「今日は、何か疲れることがあった?」
「もしかして、宿題の内容がわからなかった?」
➡︎ 行動の背景にある“気持ち”や“状況”に目を向けることで、怒りではなく理解が先に立ちます。
2. 夫婦間:パートナーが無断で外食して帰ってきた
NG対応:
「なんで連絡もせずに食べてくるの?こっちは待っていたんだけど!」
穴埋め質問:
「急に外で食べることになったの?どんな流れだったの?」
➡︎ 責めるのではなく、「背景を聞きたい」という姿勢を示すことで対話の入口が生まれます。
3. 職場:部下が頼んだ仕事を期日通りに出してこなかった
NG対応:
「なんで間に合ってないの?何していたの?」
穴埋め質問:
「進めるうえで、何か困ったことがあった?」
「スケジュールの中で他に優先しないといけなかった仕事があった?」
➡︎ 叱責ではなく「困っていたことはないか?」と問うことで、信頼ベースの関係が保てます。
4. 友人同士:約束の時間に大幅に遅れてきた
NG対応:
「何していたの?どれだけ待ったと思っているの!」
穴埋め質問:
「今日は、途中で何かトラブルがあった?」
「体調とか、どこか無理してなかった?」
➡︎ 配慮のある質問を投げかけることで、「遅れ=悪意」とは限らない背景が見えてきます。
5. 高齢の親とのやりとり:「病院に行ってほしいのに拒否される」
NG対応:
「ちゃんと病院行ってって言っているでしょ、心配なのだから!」
穴埋め質問:
「病院に行くのが不安なの?それとも面倒に感じているのかな?」
➡︎ 親の中にある“抵抗感”の中身にアクセスすることで、感情的な押し合いを避けられます。
6. SNSやメールで返信が遅れている相手に
NG対応:
「なんで返事くれないの?心配していたのだけど!」
穴埋め質問:
「忙しかった?それともちょっと落ち着かない状況だった?」
➡︎ 相手の状況を想像し、責めない姿勢を見せることで関係性の温度を下げずに済みます。
このように、ちょっとした「奥を照らす穴埋め質問」があるだけで、感情のぶつかり合いが対話に変わるので参考にして下さい。
投稿者プロフィール

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武蔵野美術大学卒業後、東京の建築デザイン事務所に就職。その後、京都で建築士事務所を設立。人の共通心理をとりいれた店舗や狭小住宅の企画設計を生業としていたが、59歳で心筋の半分以上が壊死する重度の心筋梗塞で倒れ、事務所を廃業。紆余曲折を経て住環境ライフコンディショニングコーチとしてリスタート。近年では、企業研修において、それぞれの組織に応じた内容にカスタマイズし提供している。
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