梅雨があけ、これから夏本番です。昼間の暑さがようやく落ち着いてきたある夕方、少し遠回りして散歩していると、ふと空を見上げたくなる瞬間がありました。日常の中で空を見るという行為は、意識しなければ案外しないものです。「こんなふうに空を眺めるの、いつぶりだろう」と少し感傷的になりました。
空を見上げながら思ったのは、私たちの人間関係もまた、空模様のように刻々と変化する。時に晴れやかで、時に曇って見えづらくなるように、人と人との関係も常に同じではありません。最近「人間関係がうまくいかない」「コミュニケーションが取れない」という悩みを抱えている方が増えているように感じるのも、自然なことかもしれません。
- 組織の中で、うまく会話が噛み合わない
- 家族との間に、なんとなく気まずさが続いている
- 親しいはずの友人とも、なぜか距離を感じてしまう
こうした悩みは決して特別なものではなく、多くの人にとって身近な現実です。私自身も、かつては組織の中でのコミュニケーションに強い苦手意識を持っていました。その居心地の悪さが、結果的に会社を辞める一因になったほどです。気心の知れた相手ならともかく、関係性が悪いと感じる人と長時間一緒にいることは、正直なところ強烈なストレスです。
表情は自分では見えない
当時の私は、感情が顔に出やすいタイプでした。今振り返ると、苦手な相手と話しているときの自分の表情は、決して柔らかいものではなかったと思います。とはいえ、実際の自分の顔は自分では見えません。「鏡を見ればわかるのでは?」と思われるかもしれませんが、鏡を見ているときの顔は、鏡という存在を意識している“作られた顔”です。記念写真を撮るときのように、あるいはオンライン会議のカメラを意識したときのように、無意識に表情を整えてしまうもの。つまり、相手が日常的に見ているあなたの顔と、あなたが想像している顔には、少なからずギャップがあるということです。
あなたがイライラしている時の表情や、怒りを抑えきれないときの顔は、自分が思っている以上に鋭く、場合によっては「怖い」と感じられることもあるかもしれません。そして、その顔を見ている相手も、無意識のうちに防御反応を起こし、似たような態度で返してくる。こうして、お互いに距離を取り合い、関係性が悪化していく「負のループ」が始まります。

認知と行動のブラインドループ
このとき、私たちが無自覚にハマっているのが、上記の図解「認知と行動のブラインドループ」と呼ばれる流れ。人はまず、自分の視点から相手の態度や言葉を受け取り、それに対する「認知(つまり、どう解釈したか)」を行います。そして、その解釈に基づいて「行動(言葉や態度)」を返します。たとえば、相手の無表情を「不機嫌だ」と感じたら、こちらもやや警戒した態度になるという具合です。
ところが、相手側にも同じ流れがあります。つまり、相手もあなたの表情や言葉を観察し、それを自分なりに「認知」し、それに応じた「行動」で反応してきます。この流れは、次のようなループ構造になっています:
①自分の認知 → ②自分の行動 → ③相手の認知 → ④相手の行動 → そして再び①自分の認知(再解釈)
この中で、自分自身が把握できない盲点が2つ存在します。それは、自分の行動(自分が実際にどんな表情や声になっていたか)と相手の認知(相手がそれをどう受け取ったか)例えば、自分は「少し距離を取って冷静に話そう」と思って無言になったつもりでも、相手は「無視された」「怒っている」と認知するかもしれません。すると相手もそっけない態度や言葉で返し、それをまたこちらが「やはり冷たい人だ」と解釈してしまう。こうした小さなズレと反応が重なり合い、誤解が確信に変わり、感情がすれ違いを強化していく。この無意識のやりとりが繰り返されるうちに、関係性がこじれていくのです。
人間関係のすれ違いが「ちょっとした誤解」から始まり、気づかないうちに深刻な不信感へと進んでいく背景には、この“認知と行動のブラインドループ”が潜んでいます。だからこそ、関係性を見直す第一歩は、相手を変えようとすることではなく、まずは自分自身の行動や表情、そしてその背景にある「認知」を少し客観的に見つめ直すことです。そして、見えない部分にある「ブラックボックス」があることを知っておくだけでも、関係はやわらかくほどけていく余地が生まれます。
関係性は整えるもの
人間関係の問題は、本を読んだり、スキルやテクニックを学んだだけで解決するほど単純ではありません。なぜなら、私たち人間の感情や関係は、固定されたものではなく、つねに変化し続けているからです。例えば、同じ状況でも、ある日は穏やかに感じられ、別の日には不満や苛立ちを覚えることがあります。それは、環境のせいではなく、自分の「思考」がどのように働いているかによって世界の見え方が変わるからです。
だからこそ、他者との関係性は「築く」ものというより「整え続ける」ものなのです。まさにここが本質で、今日よかったから明日も大丈夫とは限らず、昨日うまくいかなかったからといって、明日もそうだとは限らない。日々の自分の在り方が、関係性に静かに反映されていきます。人間関係やコミュニケーションの講座で「なるほど」と納得する場面があったとしても、それはゴールではなく、あくまでスタート地点にすぎません。人とのつながりは、気づきと実践を繰り返しながら、少しずつ整えていくものです。
小さな実践
「少し苦手かも」と感じる相手と話している時、あなたの表情や声のトーン、言葉づかいはどのようなものでしたか?一度、落ち着いて振り返ってみてください。次にその相手と会う時には、次の3つのことを意識してみてください。
- 少しだけ口角を上げて、やわらかい表情を心がける
- 相手の言葉をさえぎらず、「そうなんですね」と一言返してみる
- 声のトーンを普段よりワントーン下げて、ゆっくり話す
この3つの小さな変化が、あなたの印象を変え、相手との関係にも穏やかな風を起こしていきます。関係性は自然には変わりませんが、「関わり方」を少しだけ変えることで、空気感はゆるやかに動き出します。
こうした関係性の見えない「ゆがみ」や「クセ」は、本人が気づきにくく、放っておくといつの間にか習慣化してしまいます。だからこそ、私たちSelf&Lifeコンディショニング協会では「関係性コンディショニング」という視点から、自分自身と他者との間に生まれる“違和感”や“無意識の反応”を定期的に整える機会を大切にしています。
関係の質は、人生の質そのもの。だからこそ、あなた自身が自分の“整え方”を知っていることが、人とのつながりをやわらかく支える土台になります。日々の暮らしの中で、あなたの人間関係が少しでもあたたかくなりますように。それは、ほんの小さな「意識」から始まります。
投稿者プロフィール

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武蔵野美術大学卒業後、東京の建築デザイン事務所に就職。その後、京都で建築士事務所を設立。人の共通心理をとりいれた店舗や狭小住宅の企画設計を生業としていたが、59歳で心筋の半分以上が壊死する重度の心筋梗塞で倒れ、事務所を廃業。紆余曲折を経て住環境ライフコンディショニングコーチとしてリスタート。近年では、企業研修において、それぞれの組織に応じた内容にカスタマイズし提供している。
マイベストプロ
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