住環境シリーズ 第5回

子どもが本を読まないのは、本が見えていないからです。習慣は意志の強さではなく、置き場所が先に決めています。設計の現場で変えた本棚の高さと表紙の見せ方、そして建て替えずに今の家で1冊だけ動かす方法をお伝えします。

本棚を買って、子ども部屋に置く。
半年たって見にいくと、そこには本以外のものが載っている。
そんなことはないでしょうか。

私の家には、本がなかった

子どもの頃に住んでいた実家に、本はありませんでした。あったのは私が読む漫画と、教科書だけです。祖父のまわりには難しそうな本がいくらでも積んでありましたが、あれは祖父のもので、私のものではありませんでした。手の届かない高さに置かれていて、触ってはいけないものだという空気もありました。そういう家で育ったからか、私は読書が大嫌いでした。

変わったのは中学生のときです。少年向けの冒険小説「十五少年漂流記」を読んで、そこで火がつきました。出てくるのは自分と同じくらいの年の子どもたちで、大人は誰も助けに来ません。冒険小説から入ったので立派なきっかけではありませんが、活字に対する抵抗はそこで消えました。

小学生の頃、同じ地域に読書好きの女の子がいました。その子の家に遊びに行くと、お父さんの書斎があって、茶の間にも本棚が並んでいました。背の高い本と薄い本が混ざった、誰かが読んで戻したままの並び方でした。本を読む環境がすっかり整っていて、自分の家とはまるで違う。子ども心に、恥ずかしいような気持ちになったのを思い出します。その子は中学生のときに地域の弁論大会で優勝し、大学を出てから地方局のアナウンサーになりました。

長いあいだ、生まれつきの差だと思っていました。今はそう思っていません。あの子の家には本が見えるところにあって、私の家にはなかった。違いはそこにありました。

視界に入らないものは、選ばれない

設計の仕事をしていた頃、こんな要望を受けたことがあります。
子どもを読書好きにしたい。

そこでまず、子どもが一日に何度どこを通るかを数えました。リビングと廊下は何十回も通ります。トイレの前は、必ず立ち止まる場所です。その通り道に、造り付けの本棚を設けました。高さは大人の目線ではなく、子どもの目線に合わせています。手を伸ばせば届く高さです。

置き家具にしなかったのには理由があります。動かせるものは、必ず動かされるからです。半年もすれば、壁際の使いにくい場所に寄せられて、前に洗濯物のかごが置かれます。動かないことが、この本棚のいちばん大事な性能でした。

並べ方も変えました。背表紙ではなく、表紙が見えるようにしたのです。背表紙は文字ですが、表紙は絵です。子どもが手を伸ばすのは、文字ではなく絵のほうでした。図書館や書店で、子どもの本だけが表紙を前に向けて置かれているのには理由があります。表紙を前に向けると、棚に入る冊数は減ります。場所は取ります。それでも、手に取られる回数のほうが増えました。

絵本は、あえて片付けませんでした。ソファや机に出したままにしておく。片付いた部屋より、そのほうが手に取られます。しばらくして、そのお宅では子どもより先に親のほうが本を読むようになりました。最後は別棟に書斎まで作られています。

読ませようとしたわけではありません。置き場所を変えただけです。本を読みなさいと言った回数は、おそらく増えていません。変わったのは家族ではなく、本のある場所でした。

置き場所は、意志より先にある

これは子どもだけの話ではありません。私たちは一日に何百回も、目の前にあるものから何かを選んでいます。そのたびに意志を使っているわけではありません。ほとんどは、近いほうを取っているだけです。テーブルの上にスマートフォンがあれば、スマートフォンを取ります。同じ距離に本があれば、本を取ることもあります。どちらを選ぶかは、たいてい意志の強さではなく、どちらが近いかで決まっています。

続かないことを、根気のなさのせいにする方は多いです。ただ、その手前に配置があります。読もうと決めた本が寝室の棚にあって、一日の大半を過ごすのが居間なら、その本は読まれません。本人のやる気とは関係なく、距離が遠いだけです。続かないものの置き場所を確かめてみると、たいてい取りに行かなければ届かない場所にあります。取りに立つ一歩は、想像よりずっと重いのです。

今の私の部屋は、壁の一面が本棚です。嫌でも目に入るので、つい手に取ってしまう。習慣を変えたければ環境を変えるのが早いと、自分の部屋で実感しています。

家を建て替える必要はありません。本棚を動かす必要もありません。模様替えですらありません。動かすのは1冊だけです。いつも座る場所から手を伸ばして届くところに、1冊だけ置いてみてください。表紙を上にして、閉じたまま置いておきます。読まなくてもかまいません。そこにあることが先で、読むのはあとです。

反対に、減らしたい習慣があるなら、その物を一歩ぶん遠ざけます。取りに立たなければ届かない、というだけで、手が伸びる回数は減ります。

あなたがいつも座る場所から、手を伸ばして届くところには、いま何がありますか。
それは、あなたが増やしたい時間とつながっているでしょうか。

◇ あわせて読みたい

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投稿者プロフィール

小橋広市
小橋広市
武蔵野美術大学卒業後、東京の建築デザイン事務所に就職。その後、京都で建築士事務所を設立。人の共通心理をとりいれた店舗や狭小住宅の企画設計を生業としていたが、59歳で心筋の半分以上が壊死する重度の心筋梗塞で倒れ、事務所を廃業。紆余曲折を経て住環境ライフコンディショニングコーチとしてリスタート。近年では、企業研修において、それぞれの組織に応じた内容にカスタマイズし提供している。

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