暑気払いやビアガーデンの誘いが増える季節になりました。仕事帰りにジョッキを傾ける機会も、これから何度かあると思います。そこで今日は、その飲み会を題材に、ちょっとした実験をしてみます。まず、これまで参加した飲み会の場面を、ひとつ思い出してみてください。
思い出したその景色の中に、あなた自身の姿は見えていますか。少し離れたところから、もう一人の自分がそのシーンを眺めているように見えるでしょうか。それとも、自分の目を通して、目の前の相手やテーブルが見えているでしょうか。
「自分の目玉」で観ているか、「傍観者」で観ているか
私の場合、過去の出来事を思い出すと、たいていは自分の目を通したシーンが浮かびます。物事をいつも自分の側から捉えるクセなのだと思います。ただ、時間が経ったり、出来事によっては、シーンの中に自分の姿も入っていて、傍観者として眺めていることもあります。
この「どちらで観えているか」には、意味があります。もし嫌だったシーンを、今も自分の目を通して見ているなら、その時の感情がまだ自分の中に残っているサインです。反対に、少し離れて眺められるなら、その出来事とはもう距離が取れている。回想の仕方は、心の棚に何がどう仕舞われているかを教えてくれます。
面白いもので、同じシーンでも、観る視点を変えると心の動きまで変わります。自分の目を通して思い出すと、その時の胸のざわつきや息苦しさまで一緒に再生されます。ところが、少し離れた場所から同じシーンを眺めると、感情の波は静まり、ただの観察に変わっていく。出来事そのものは何ひとつ変わっていないのに。視点は、記憶の温度を静かに調整するつまみのようなものなのだと思います。
天井から、あの居酒屋を眺めてみた
私がよく思い出す飲み会があります。
居酒屋の座敷で、同じ部署の男が4人。話題といえば上司の悪口、同僚の陰口。それが一巡すると、今度は会社への愚痴。辞めたい、部署を変わりたい。私はというと、相槌を打ちながらそれを聴いているだけ。このシーンを、私は長いあいだ、自分の座っている目線のまま思い出していました。
あるとき、あのシーンを俯瞰して眺めてみようと思ったのです。すると景色が変わりました。まるで天井から見下ろしているような画になり、そこに、黙って相槌を打っている自分の姿が入っていました。そして気づきました。誰も、心から楽しそうにはしていない。
愚痴や悪口を言い合っていると、その場には仲間意識のようなものが生まれます。一時的には盛り上がるのかもしれません。けれど俯瞰して眺めた四人は、少しも楽しそうではありませんでした。そのとき私の中から出てきたのは、「こんな飲み会には二度と参加しない」という声。そして、「本当は、心から楽しめる場所に行きたい」という願いでした。

やり方は、むずかしくありません。目を閉じて、その飲み会の景色を思い浮かべたら、自分の視点をそっと体から抜いて、部屋の隅か天井のあたりに小さなカメラを置くように眺めてみる。そこから、テーブルを囲む全員を、自分も含めて見下ろします。声の大きさ、表情、姿勢。誰がどんな顔をしていたか。急がなくてかまいません。景色の中に自分が入ってきたら、それで十分です。
自分の目線のままだと、この記憶は「悪口ばかりで気疲れした席」で止まります。主語はずっと相手のまま。あいつらの愚痴、あいつらの悪口。ところが俯瞰すると、画の中に自分が入ってきます。すると主語が自分に移り、蓋をしていた本音がやっと声になる。私はこの場にいたくなかった、という本音です。
愚痴や悪口でつながった時間は、その場では埋め合わせになっても、いずれカタチを変えて自分に返ってきます。誰かを下げて生まれた仲間意識の輪の中では、心のどこかで「次に言われるのは自分かもしれない」という不安がくすぶります。その場のノリに合わせているうちに、いつのまにか自分まで、行きたくない席へ足を運ぶことに慣れていく。だからこそ、嫌だったシーンほど、一度その中に自分を入れて、少し上から眺めてみてほしいのです。
そこで一番嫌だったのは何だったのか。嫌なことがなかったのに楽しくなかったとしたら、それはなぜか。掘り下げていくと、その時とっさに蓋をしたものが、輪郭を持って見えてきます。
あの日から、私は少しずつ、行きたくない席に無理をして座るのをやめました。断ることに、はじめから迷いがなかったといえば嘘になります。それでも、心から笑える相手と過ごす時間が増えるほど、あの居酒屋で感じていた重さの正体が、はっきりしてきました。俯瞰は、誰かを責めるための視点ではありません。自分がどこで、誰と、どんな時間を過ごしたいのか。その願いを、そっと自分に思い出させてくれる視点なのだと思っています。
この夏、気の進まない席に座ることがあったら、その帰り道にでも、天井からそのシーンを眺め直してみてください。あなたの本音は、そこで何とつぶやいているでしょうか。
投稿者プロフィール

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武蔵野美術大学卒業後、東京の建築デザイン事務所に就職。その後、京都で建築士事務所を設立。人の共通心理をとりいれた店舗や狭小住宅の企画設計を生業としていたが、59歳で心筋の半分以上が壊死する重度の心筋梗塞で倒れ、事務所を廃業。紆余曲折を経て住環境ライフコンディショニングコーチとしてリスタート。近年では、企業研修において、それぞれの組織に応じた内容にカスタマイズし提供している。
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