せっかくの手料理に込めた想いも、母が作ったラーメンの湯気も、どちらも、相手を思う優しさだったと気づいた今。期待と現実がすれ違うとき、感情をそっと整える小さな工夫があります。
「あの時の私へ」――今なら伝えたい。

後悔とともに思い出す母との時間
最近、電車の車窓から景色を眺めていると、ふと亡くなった母のことを思い出す瞬間があります。
もっとできたことがあったのではないか。あのとき、違う言葉をかけられたのではないか。そんな後悔の念が胸に湧き上がり、胸の奥がじんと熱くなることがあります。
私たちは日々、さまざまな出来事に心を動かされながら過ごしています。時には驚き、時には戸惑い、ふとしたきっかけで思いがけない感情が湧き上がることもあります。特に、家族や身近な存在に対して抱く気持ちは、過去の記憶や積み重ねた期待が重なり、より繊細な心の揺れをもたらします。
今回は、私自身の体験をもとに、「期待」と「感情」の関係についてお伝えするとともに、感情を穏やかに整えるためにできる小さな工夫をご紹介したいと思います。
期待していた母の姿と現実
認知症の母が一人暮らしをしていた頃のことです。ある日、「たまには手料理を食べてもらおう」と思い、食事を準備していました。きっと喜んでくれるだろうと期待を込め、ワクワクしながら支度を進めていたのですが、いざキッチンへ行くと、母はすでにインスタントラーメンを作り始めていました。
思わず、怒りにも似た強い感情がこみ上げました。「せっかく準備していたのに」「どうして勝手に……」そんな思いが一気にあふれたのです。しかし、母にしてみれば「息子と一緒に食べようと思って作った」ただそれだけの、純粋な気持ちだったのでしょう。私は、かつての認知症ではなかった母を求める期待に、自分自身が縛られていたことに気づきました。
期待値と感情の関係性に気づく
私たちの心の中には、無意識のうちに「期待値」というものが存在しています。特に大切な人に対しては、「こうあってほしい」「きっとこうしてくれるはず」といった思いが自然に湧き上がります。
私も、かつての母であれば、きっと手料理を喜んでくれるとどこかで当然のように思っていました。
しかし現実は、その期待とは違っていた。この「期待値と現実のズレ」こそが、怒りや悲しみといった強い感情を引き起こしていたのだと、あの時深く実感したのです。感情のコントロールを学んできた私自身でさえ、感情に飲まれることがある。それは誰にとっても自然なことであり、人間らしい心の働きなのだと改めて思います。
期待を整えるための考え方
私たちは日常のあらゆる場面で、大小さまざまな期待を抱きながら生きています。
- 自分への期待(もっと成長したい、失敗したくない)
- 他者への期待(理解してほしい、応援してほしい)
- 環境への期待(新しい場所でうまくやりたい)
これらの期待は未来への希望にもなり、目標を持って前に進む原動力にもなります。一方で、現実が期待を下回ると、ストレスや失望感、怒りへと変わっていくこともあります。だからこそ大切なのは、期待しないことではありません。期待しながらも、その期待を「整える」ことです。
具体的には、
- 過剰に期待しすぎない
- 人や環境は思い通りにならないと知る
- 最悪の事態も想定しておく
こうした心の準備があるだけで、期待と現実のギャップによる感情の波を、少しずつ穏やかに乗り越えることができます。
感情を守るための小さな工夫
では、期待を整えるために私たちが日常でできることは何でしょうか。それは、とてもシンプルです。「相手の立場に立って考えること」
たとえば、
- 相手は今、どんな状況なのか?
- どんな思いでこの行動をしたのか?
そう想像して「一呼吸」を置くだけでも、自分だけの視点で膨らんだ期待に気づき、相手の背景や事情を思い描くことができます。それは、相手や自分自身の心を守る、大切な小さな習慣になってゆきます。
支え合いの中で学んだこと
母の遠距離介護を続ける中で、私は何度も心が折れかけました。鬱になりかけたこともありました。そんなとき、私の尖った感情を整えてくれたのは、パートナーの存在でした。「完璧じゃなくていい」「自分を責めすぎないでいい」そんな言葉が、当時の私を支えてくれたから、このコラムを通して、罪悪感や葛藤を抱えながらひとりで介護を続けている方々に、少しでも温かい思いが届けばと願っています。
小さな期待、小さな喜びを育てながら
期待は、生きる希望にもなります。けれど、期待に縛られすぎると自分自身を苦しめてしまいます。だからこそ、ほんの少しだけ期待の持ち方を見直してみる。その小さな余白が、感情を穏やかに整え、自分自身を守る力になっていくのです。小さな期待、小さな喜び。それらを大切に育てながら、これからも自分の感情と丁寧に向き合いたいものです。
投稿者プロフィール

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武蔵野美術大学卒業後、東京の建築デザイン事務所に就職。その後、京都で建築士事務所を設立。人の共通心理をとりいれた店舗や狭小住宅の企画設計を生業としていたが、59歳で心筋の半分以上が壊死する重度の心筋梗塞で倒れ、事務所を廃業。紆余曲折を経て住環境ライフコンディショニングコーチとしてリスタート。近年では、企業研修において、それぞれの組織に応じた内容にカスタマイズし提供している。
マイベストプロ
https://mbp-japan.com/kyoto/hirokobashi/
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