誰かと比べて、「自分には何もない」と感じてしまったことはありませんか。
知識や話題がかみ合わない相手と一緒に過ごすうち、いつの間にか孤立感と劣等感に包まれてしまう。そんな時間を、私自身も経験したことがあります。

当時勤めていた会社では、畑違いの学歴を持つ同僚たちと働く中で、知識も話題もすれ違う感覚にずっと苦しんでいました。会議で誰かが当然のように話している言葉が分からない。休憩中の話題にもうまく入っていけない。そんな小さなことの積み重ねが、「ここに自分の場所はない」という感覚へと変わっていきました。気づけば会社に行きたくなくなり、長期休暇を取ることに。それでも心が落ち着く場所は見つからず、結局、住む場所を変えるという選択をしたこともあります。

劣等感がつくる「孤立のサイクル」

孤立感を抱えていると、自分でも気づかないうちに、そのトーンが態度に出てしまうものです。すると周囲との距離はさらに広がり、「他人が自分をどう思っているか」が気になって仕方なくなる。そうして、半分うつのような状態に陥っていきました。

休んでいた期間に気づいたことがふたつあります。孤立すればするほど、人は協調性を失っていくこと。そして、自分には人より強い劣等感があるということです。

これは、不登校のお子さんを持つ親御さんにも、重なる部分があるかもしれません。何らかの理由で学校に行きたくなくなり、家に引きこもる。すると親は「なぜ行かないの」「行きなさい」と、自分の欲求を満たそうとしてしまいがちです。けれど、肝心の子供の気持ちは置き去りになってしまう。

子供にとって安心できるはずの場所が、居心地の悪い場所に変わってしまえば、いずれそこからも逃げ出してしまいます。反対に、親が子供の気持ちにそっと寄り添えたなら、時間はかかっても、子供は自分のペースで現実を受け入れ、未来へ目を向け始めるかもしれません。

ウィークポイントを掘り起こすということ

自分のウィークポイント(弱点)に気づくと、そこから自分の行動の癖や傾向が見えてきます。私の場合、資格を取得したり、コンテストで評価されることで劣等感を埋め、孤独を埋めるために、共通点の多い人が集まるコミュニティに入ったり、自らイベントの主催者になったりしていました。

それ自体が悪いわけではありません。けれど、「劣等感を埋めるため」「孤立しないため」という動機は、本来の目的意識からはずれてしまっています。そうした動機で行動を重ねるほど、他者を自分の価値観で評価せず、状況や変化をそのまま受け入れる「自己受容」が低くなっていきます。

心がモヤモヤすると感じたら、一度立ち止まり、自分のウィークポイントを掘り起こしてみる。それが今のセルフイメージ(自分はこういう人間だという思い込み)にどう影響しているのか、確かめてみる時間も大切です。劣等感そのものをなくす必要はありません。ただ、それに振り回されて動いているのか、それとも自分の意志で動いているのかを見分けられるようになると、行動の手触りが変わってきます。

何かを「買いたい」「やりたい」と思ったときも、同じ視点が役に立ちます。それは本当に「必要だから(ニーズ)」なのか、それとも「欲しいから(ウォンツ)」なのか。資格を取りたい、コミュニティに入りたい、誰かに認められたい。そう感じたとき、その奥にあるのが「劣等感を埋めたい」気持ちなのか、「心からやってみたい」気持ちなのかは、案外見分けにくいもの。

そういう時には、一度立ち止まって掘り起こし、自分の目的に当てはめて視覚化してみる時間が必要になります。ノートに書き出してみてもいいですし、誰かに話して言葉にしてみてもいい。その行動の奥にある本当の気持ちが見えてくると、選ぶものも、選ぶ理由も、少しずつ変わっていくはずです。次に何かを強く欲しいと感じたとき、ぜひ一度、その気持ちの奥をのぞいてみてください。

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投稿者プロフィール

小橋広市
小橋広市
武蔵野美術大学卒業後、東京の建築デザイン事務所に就職。その後、京都で建築士事務所を設立。人の共通心理をとりいれた店舗や狭小住宅の企画設計を生業としていたが、59歳で心筋の半分以上が壊死する重度の心筋梗塞で倒れ、事務所を廃業。紆余曲折を経て住環境ライフコンディショニングコーチとしてリスタート。近年では、企業研修において、それぞれの組織に応じた内容にカスタマイズし提供している。

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