前編の境界線の考え方は理解できたけれど、「実際にその場面になったらどう声をかけたらいいの?」、「傷ついている人を前にして、どんな対応をすれば建設的な解決につながるの?」 と、前編をお読みいただいたあなたから、そんな声が聞こえてきそうです。

確かに、問題の本質を理解することと、実際に行動に移すことには大きな違いがあります。 後編では、そうした「実践の場面」で本当に役立つ具体的なアプローチを、段階を追ってお伝えしていきます。感情を尊重しながらも、お互いの成長につなげる―そんな成熟した対応ができるようになるための、実用的なガイドですので後編は、少しボリュームのある内容となっています。
最後までお読みいただく中で、きっとご自身の気づきにつながるヒントが見つかるはずです。お時間の許すときに、ゆっくりお読みください。

教育や指導現場でできること

冒頭で述べたような複雑な状況に直面したとき、指導する大人は次のようなスタンスで双方に接することが重要です。

感情と行動を分けて考える

傷ついた感情は否定せず尊重するが、それをどのような行動に移すかは成長のチャンスと捉える。「辛い気持ちはよく分かる。でも、その気持ちをどのように整理し、どう行動するかを一緒に考えてみよう」というスタンス。

責任の所在を明確にする

誰も悪くない状況では、それをはっきり伝える。相手を責めることではなく、双方の自由や尊厳を守りながら、建設的な解決策を模索することに焦点を置く。

内省の機会を提供する

感情を整理し、自分の心と向き合う機会として活用する。これは単なる我慢や諦めではなく、自己理解を深め、今後同様の状況に遭遇したときの対応力を養う貴重な経験となる。

境界線の理解を促す

自分の感情や行動と、他者の感情や行動の境界線を明確にし、それぞれが責任を持つべき範囲を理解してもらう。これは健全な人間関係を築く上で欠かせないスキル。

心を整理するためのワーク

ここで、自分の心を整える具体的な質問をお伝えします。一人で考えても、信頼できる人と一緒に考えても効果的です。

現状を整理する
  • 私は今、何に傷ついているのだろう?(例:相手の行動そのもの、取り残された気持ち、自尊心の傷など)
  • その出来事について、客観的な事実と、自分の解釈を分けて考えてみる
期待と現実のギャップを見つめる
  • 本当は相手にどうしてほしかったのか?(例:もう少し時間をおいてほしかった、事前に話してほしかった、配慮してほしかった)
  • その期待を相手に伝えていただろうか? 相手にとって実現可能なものだっただろうか?
自分をケアする方法を考える
  • 今の自分に優しくするには何ができる?(例:信頼できる人に話を聞いてもらう、日記を書く、好きな場所で落ち着く時間を取る)
  • この経験から、将来に活かせることは何だろう?

こうした問いを自分に向けることで、相手を責めることよりも、自分の内面に目を向け、成長につなげるきっかけを作ることができます。

様々な場面での応用

このような考え方は、学校だけでなく職場や家庭など、あらゆる人間関係に応用することができます。

職場での例

上司から「君の資料は分かりにくい」と指摘されて深く傷つき、「これはパワハラだ」と感じたケース。
しかし、この指摘が業務上必要なフィードバックである可能性も考えられます。大切なのは、指摘の内容と伝え方を分けて考えること、そして自分の受け止め方や改善点についても振り返ることです。一方、部下は上司には建設的で尊重のある伝え方をする責任があります。

家庭での例

パートナーが疲れて沈黙していることを「無視された」「愛されていない」と解釈して傷ついてしまうケース。
ここでも、相手の状況を理解しようとする姿勢と、自分の不安や期待を整理することの両方が必要になります。コミュニケーションの改善に向けて、双方が歩み寄る姿勢が大切です。

友人関係での例

グループの中で自分だけが誘われなかった集まりがあることを知って傷ついたケース。
意図的な排除なのか、単純な連絡ミスなのか、相手の都合によるものなのかを確認する前に、被害者意識に陥ってしまうことがあります。まずは事実確認と、自分の感情の整理から始めることが建設的です。

これらの例に共通するのは、発信側の配慮ある行動とともに、受取側の自己理解と成熟した対応力の両方が求められるということです。

私たちが育てたい力

私たち協会が目指しているのは、「感情を抑圧する」ことではなく「感情を適切に扱えるようになること」です。具体的には以下のような力を育てることを重視しています。

感情的知性(EQ)の向上

自分の感情を理解し、適切に表現し、コントロールする力。
怒りや悲しみを感じることは自然ですが、それをどう行動に移すかは選択できます。

境界線を引く力

自分と相手の感情や行動の境界線を明確にし、それぞれが責任を持つべき範囲を理解する力。
相手の行動に対して自分がどう感じるかはコントロールできますが、相手の行動そのものを完全にコントロールすることはできません。

コミュニケーション力

自分の気持ちや期待を相手に建設的に伝える力、そして相手の立場や状況を理解しようとする力。
誤解を解き、お互いの理解を深めるために欠かせません。

援助希求力

困ったときに適切な相手に助けを求める力。
一人で抱え込まず、信頼できる人々のサポートを得ることで、問題解決の選択肢が広がります。

レジリエンス(回復力)

困難や挫折から立ち直る力。
傷つくこと自体は避けられませんが、そこから学び、成長し、前に進む力を身につけることはできます。

批判的思考力

自分の感情や解釈を客観的に見つめ直す力。
「本当にそうだろうか?」「他の見方はないだろうか?」と自問する習慣が、感情的な反応を建設的な行動に変える助けになります。こうした力を身につければ、誰かを責めることに終始するのではなく、お互いに成長し、より良い関係を築いていくことができるようになります。

真のハラスメント防止のために

もちろん、すべての問題を「受取側の成長の問題」として片付けるべきではありません。明確な権力関係の悪用、継続的な嫌がらせ、人格否定や尊厳を傷つける行為など、本来の意味でのハラスメントは毅然として対処されるべきです。

重要なのは、真に保護されるべき状況と、成長の機会として捉えられる状況を適切に見分けることです。この判断には、状況の客観的な分析、継続性や意図性の確認、権力関係の有無、そして何より当事者の声に真摯に耳を傾けることが必要です。

最後に
恋愛、友情、職場、家庭――どんな人間関係にも「傷つく」ことはあります。それは人として自然なことであり、否定されるべきものではありません。しかし、その傷つきの体験をどう捉え、どう活用するかによって、その後の人生は大きく変わってきます。

被害者意識に留まり続けるのか、それとも自己理解を深め、より豊かな人間関係を築く力を身につけるのか。相手を責めることに終始するのか、それとも建設的な解決策を模索するのか。この選択は、私たち一人ひとりに委ねられています。

「発信側の責任と受取側の成長」、この両方を大切にしながら、傷つきを成長の糧に変えていく。そんな成熟した関係づくりを、これからも支援していきたいと考えています。そして何より大切なのは、一人で悩まないこと。信頼できる人々と一緒に考え、支え合いながら、より良い明日を築いていくことです。傷つくことがあっても、そこには必ず成長のチャンスが隠されています。その可能性を信じて、一歩ずつ前に進んでいきましょう。

職場のハラスメント対策に、専門家という新しい選択肢

今回のコラムを通じて、ハラスメントにつながる境界線の判断がいかに専門的な知識と経験を要するものかをお感じいただけたかと思います。「傷つく=ハラスメント」という単純な判断では解決できない現実の複雑さ。

だからこそ今、多くの企業や組織が新たな対策を模索しています。 その答えの一つが、「ハラスメント対策の専門家を組織内に配置する」という取り組みです。一般的な研修だけでは対応しきれない個別ケースの判断、当事者への適切なサポート、再発防止のための根本的な環境改善―これらすべてに対応できる専門家の存在は、組織にとって大きな安心材料となります。

「ハラスメント・ハートプロテクター認定講師養成講座」では、境界線の適切な判断方法を体系的に学習 - 当事者への対応スキルを実践的に習得 - 組織全体の意識改革を促すファシリテーション技術を修得 - 予防から解決まで一貫した対策立案能力を養成。

受講者の多くが「養成講座で学んだことと現実のギャップが埋まった」「自信を持って対応できるようになった」と実感されています。 職場のハラスメント対策に、新しい視点と専門性を。あなたも組織の「ハートプロテクター」として、より安心で建設的な環境づくりに貢献してみませんか?

投稿者プロフィール

小橋広市
小橋広市
武蔵野美術大学卒業後、東京の建築デザイン事務所に就職。その後、京都で建築士事務所を設立。人の共通心理をとりいれた店舗や狭小住宅の企画設計を生業としていたが、59歳で心筋の半分以上が壊死する重度の心筋梗塞で倒れ、事務所を廃業。紆余曲折を経て住環境ライフコンディショニングコーチとしてリスタート。近年では、企業研修において、それぞれの組織に応じた内容にカスタマイズし提供している。

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