住環境シリーズ 第1回

家族の会話が減るのは、性格や努力の問題ではないかもしれません。パーソナルスペースと間取りの関係から、家の中の距離が関係性に与える影響と、今の住まいでできる小さな見直しをお伝えします。

電車で座るとき、どこに座るかを決めているのは何でしょうか。端の席が空いていれば、たいていの人はそこを選びます。端が埋まっていたら、誰かの隣ではなく、一人分空けたところに座る。私もそうしています。無意識のようでいて、実はかなり精密な計算をしています。

人には、他人に近づかれると落ち着かなくなる距離があります。それはパーソナルスペースと呼ばれるものです。文化人類学者のエドワード・ホールは、これを4つに分けました。45センチ以下は密接距離で、恋人や家族以外は入れたくない範囲。45〜120センチは個体距離で、日常の会話をする範囲。1.2〜3.5メートルが社会距離、それ以上が公衆距離です。

この距離感を、私たちは相手によって使い分けています。相手が誰かによって、体が勝手に決めている無意識領域です。

家族にも、パーソナルスペースがあ

見落とされがちなのは、この距離が家族の間にもあるということ。幼い子どものパーソナルスペースは狭く、親との距離は近い。ところが成長するにつれて、子どもは親と距離を取るようになります。これは健全な変化です。ただ、寂しく感じる親は多いかもしれません。そして寂しさをこらえきれずに近づきすぎると、不快に感じる子どももいます。

私自身、中学生になると母と同じ部屋にいるのが嫌でした。避けていた、という方が正確かもしれません。一方で、親をそう感じてしまう自分を責めてもいました。あの頃の落ち着かなさは、今になれば距離の問題だったと分かります。

同じことは夫婦のあいだでも起こります。家族だから遠慮はいらない、と考えて相手の距離をないがしろにしていると、フラストレーションは静かに溜まっていく。持っていく先がなければ、それは怒りに変わるか、部屋にこもるという行動に変わります。

つまり、家族関係の悩みの一部は、心の問題である前に距離の問題があると考えています。そして家の中の距離を決めているのは、間取りです。

茶の間が消えて、家族は同じ家の中で遠くなった

半世紀前の日本家屋には、必ずと言っていいほど茶の間がありました。ちゃぶ台を囲む和室。リビングとダイニングを兼ねたような、用途の決まりきっていない部屋です。用途が決まっていない部屋というのは、実はよくできた仕組みでした。食べる場所であり、くつろぐ場所であり、来客を通す場所でもある。目的が定まっていないぶん、家族がそこで鉢合わせる。会話をしようと決めて集まったのではなく、たまたま同じ部屋にいたから言葉が生まれる。関係性は、そういう偶然の積み重ねで保たれていたのでしょう。

高度経済成長とともに核家族化が進み、冠婚葬祭を自宅で行うこともなくなりました。人が集まる機会が減れば、和室は計画から外れていきます。代わりに間取りの中心になったのがLDKでした。

住まいを選ぶとき、条件は大きく2つに分かれます。ひとつは外的条件。コスト、通勤通学、最寄り駅、買い物、病院、公共施設。もうひとつは内的条件で、家族がどう住まうかという中身の話です。

外的条件は数字で比べられるので、検討の時間の大半がそこに吸い取られます。内的条件は言葉にしにくく、後回しになりがち。けれど住み始めてから効いてくるのは、後者のほうです。

私が設計の現場で見てきたのも、そういう順序でした。打ち合わせで熱心に語られるのは駅からの距離と価格で、家族がどこで顔を合わせるかという話は、たいてい最後まで出てきません。内的条件を考えるとき、私が最初に確かめることがあります。玄関から子ども部屋までの動線です。

玄関から自分の部屋まで、何歩ありますか

学校から帰った子どもが、親と顔を合わせずに自分の部屋へ入れる。この間取りは、将来コミュニケーションが取りにくくなる可能性を含んでいます。逆に、いったんリビングを通らなければ自室に行けない家では、「ただいま」と「おかえり」が毎日発生します。何気ないやりとりですが、その積み重ねが関係性の土台です。

子ども部屋については、広さより気配のほうが大事だと考えています。小学校の低学年なら、子ども部屋に勉強机もテレビも必要ありません。眠るスペースがあれば足ります。勉強もテレビも、リビングでできます。机とベッドが要るのは、受験や自立を意識し始めてからで間に合います。

部屋にこもる時間が長くなるほど、家族が言葉を交わす回数は減ります。それは子どもの性格ではなく、家がそう設計されているからです。

私が幼い頃は子ども部屋がありませんでした。食事をしながら祖父と母の世間話を聞いて育ちました。あれが良かったと懐かしむつもりはありません。ただ、家族の話を聞く時間が生活の中に組み込まれていたことは確かです。

今の家をすぐに建て替えることはできません。それでも、家具の向きを変える、テレビの位置を移す、食事の場所を決める。動線と気配は、間取りを変えなくても少し動かせます。

あなたの家では、家族が一日のうちで顔を合わせるのは、どの場所でしょうか。そこは、話しかけやすい場所になっているでしょうか。

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(第2回以降の公開後に、シリーズ内の関連1〜2本へのリンクをここに追加)

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投稿者プロフィール

小橋広市
小橋広市
武蔵野美術大学卒業後、東京の建築デザイン事務所に就職。その後、京都で建築士事務所を設立。人の共通心理をとりいれた店舗や狭小住宅の企画設計を生業としていたが、59歳で心筋の半分以上が壊死する重度の心筋梗塞で倒れ、事務所を廃業。紆余曲折を経て住環境ライフコンディショニングコーチとしてリスタート。近年では、企業研修において、それぞれの組織に応じた内容にカスタマイズし提供している。

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