ある取引先の女性担当者と報告書をやり取りしたときのことです。 「いつものように書いてください」と依頼された通りに提出したつもりでしたが、「この報告書、どういうつもりで書かれたのですか?」と、思いもよらぬ反応が返ってきました。
私は内容に不備があるのかと思い確認すると、彼女は「そうじゃありません。もっと私の意図に寄り添った表現で書いてほしかった。言わなくても伝わると思っていました」と言いました。
自分では丁寧に対応したつもりでも、相手には気持ちが届いていなかった――そんなすれ違いは、誰にでも起こりうるもの。丁寧に話したはずなのに「なんでそんな言い方をするの?」と返される。そんな経験、あなたにもありませんか?
こうした行き違いの多くは、“言葉の内容”よりも“伝わり方”に原因があることが多い。例えば、どれだけ正確な言葉を使っても、声のトーンが冷たければ、相手は拒絶されたように感じてしまうことがあります。今回は、日常に潜むコミュニケーションのズレを、心理学の視点――「行為者・観察者バイアス」と、誤解されやすい「メラビアンの法則」からお伝えしたいと思います。

行為者・観察者バイアスとは?
冒頭で言ったすれ違いの背景には、「行為者・観察者バイアス」と呼ばれる心理的傾向があります。
行為者・観察者バイアスには、以下のような特徴があります:
- 他人の行動は、その人の性格や内面に原因があると捉える
- 自分の行動は、状況や外部の要因に原因があると考える
例えば、通路に置かれた装飾品を誰かが壊したら「不注意な人だ」と感じ、反対に自分が壊した場合には「こんなところに置く方が悪い」と考えてしまう――そんな心理の働きです。
こうしたバイアスは、日常生活の中でも頻繁に見られます。 特に、顔の見えないやりとりでは、お互いの本音や意図が読み取りにくくなり、誤解やすれ違いが起こりやすくなります。
メラビアンの法則の本当の意味
コミュニケーションにおける“伝わらなさ”を説明するために、よく引用されるのが「メラビアンの法則」。しばしば次のように紹介されています。
- 言語情報:7%
- 聴覚情報(声のトーンなど):38%
- 視覚情報(表情や態度など):55%
しかし、この数字は「言葉と態度が矛盾しているとき」に行われた限定的な実験に基づいているのであって、 すべてのコミュニケーションにこの比率が当てはまるわけではありません。
メラビアン本人も、「この割合は曖昧な感情表現に限定されるものであり、一般的な会話全体に適用すべきではない」と明言しています。 この法則が示しているのは、感情が絡む矛盾したメッセージの受け取り方における非言語情報の影響の大きさです。
とはいえ、この法則が指し示す通り、言葉だけでは伝えきれないことが多いのも事実です。対面であれば、相手の「困った表情」や「納得していない顔」などから、言葉の裏にある感情を感じ取ることができます。
非言語的な情報が加わることで、言葉だけのやりとりよりも、伝わり方は何倍にも強まります。これは夫婦や親子など、親しい関係ほど顕著に現れます。 「言わなくても伝わるだろう」という期待が、かえって誤解やすれ違いを生むようです。
便利さとコミュニケーションの距離
現代は、言葉を交わさずに買い物ややり取りができる便利な社会です。 話し相手がAIやロボットという時代も、すぐそこに来ていますが、便利さが増す一方で、私たちが“声や表情を交わす機会”は確実に減っているように感じます。だからこそ人の声やまなざし、沈黙を共有するような時間を、あえて大切にしたいですよね。人とのつながりは、もしかすると“ほんの少しの不便”の中にこそ、育まれるのかもしれません。
【小さな実践】
あなたが誰かに伝えたい思いを、 言葉だけでなく、声や表情、しぐさを使って伝えるとしたら、どんな伝え方になりますか?
今日一日、身近な人との会話の中で、ほんの少しだけ非言語を意識してみてください。
投稿者プロフィール

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武蔵野美術大学卒業後、東京の建築デザイン事務所に就職。その後、京都で建築士事務所を設立。人の共通心理をとりいれた店舗や狭小住宅の企画設計を生業としていたが、59歳で心筋の半分以上が壊死する重度の心筋梗塞で倒れ、事務所を廃業。紆余曲折を経て住環境ライフコンディショニングコーチとしてリスタート。近年では、企業研修において、それぞれの組織に応じた内容にカスタマイズし提供している。
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