住環境シリーズ 第4回
新築の家にグランドピアノが入らなかった。打合せで一度も話題に出なかったからです。毎日そこにあるものほど風景になり、言葉になりません。家具の置き場所も、家族の中で続いていることも同じです。今の住まいでできる確かめ方をお伝えします。
家具を運び入れる日、玄関の前で作業が止まる。
そんな場面に出くわしたことはないでしょうか。
冷蔵庫が入らない。ソファが階段を回りきらない。運送会社の方が首をかしげて、いったん外に置く。家の中で一番場所を取るものほど、こういうことが起こります。

打合せに一度も出てこなかったピアノ
設計事務所をやっていた頃の話です。私が設計するとき、お客様に最初にお願いすることがありました。処分しない家具にタグを付けてもらうことです。プランを描くときに、家具の置き場所を忘れないためでした。タグを付けてもらうのは、お客様自身に持ちものを見てもらうためでもありました。図面の上の部屋は空っぽです。空っぽの部屋を見ながら家具のある暮らしを想像するのは、思っているより難しいことです。
それでも、こういうことが起こります。
あるお客様の家には、娘さんが習っていたグランドピアノがありました。少し小さめのものです。ところが計画のあいだ、ピアノの話は一度も出ませんでした。設計の打合せから完成の直前まで、ピアノのピの字も話題に上がらなかった。新居に移る日になって、建物のどこからもピアノが入らないことが分かりました。防音のサッシュも、床の補強もしていません。
笑い話のようですが、本当にあった話です。専門家が、お客様の生活習慣を知らないまま図面を描いた結果でした。不思議なのは、誰かが隠していたわけではないことです。ピアノは何年も、そのお宅の居間に置かれていました。毎日そこにあったものが、話題に上がらなかった。
大きすぎるものは、前提になる
忘れられるのは、小さなものとはかぎりません。むしろ逆のことがよく起こります。毎日そこにあって、動かしたことがなくて、あるのが当たり前になっているもの。そういうものほど、言葉になりません。選ぶ対象ではなく、風景になっているからです。
家を計画するとき、私たちが検討するのは、変えられるものです。壁の位置、窓の大きさ、扉の向き。動かせるから、考える。ピアノは動きません。動かないものは決めることがないので、検討の対象から外れます。外れたまま、誰も思い出しません。小さなものなら、置き場所はあとで考えればいいと後回しになります。それでも、後回しにしたことは覚えています。大きすぎるものは、後回しにすらならないのです。
ピアノの次に多いのが、仏壇です。近ごろは仏間を作る方が少なく、和室そのものを作らない家も増えました。そうすると、仏壇の置き場所が計画から抜け落ちます。仏壇は置く方角も決まっているので、後から空いた壁際に、というわけにいきません。家具の置き場所を決めずに家を計画すると、住み始めてからこういうことが起こります。
・家族の動線が悪くなる
・窓が半分ふさがる
・ドアが家具に当たって全開できない
・家具でコンセントが使えない
どれも小さなことです。ただ、毎日のことになります。そして、どれも間取り図を見ているときには思い浮かびません。図面に描いてあるのは部屋であって、そこに置かれるものではないからです。新築やリフォームをしたら、前より便利になって当たり前です。ところが、こうした小さなことが積み重なると、新しい家のほうが暮らしにくくなることがあります。家族の生活習慣と住まいは、それくらい近いところでつながっています。
家族の中にも、同じことが起きる
これは、家の話だけではありません。家族で何かを話し合うとき、議題に上がるのは、変わったこと、困っていること、目立つことです。誰かが体調を崩した。進学が近い。支出が増えた。反対に、何年も続いていることは議題になりません。毎朝一番に起きているのは誰か。洗濯物をたたんでいるのは誰か。誰が何時に帰ってきて、そのあと誰と話しているか。続いているものは、風景になります。風景になったものは、話題に上がりません。
話題に上がらないことと、大事にされていないことは違います。むしろ逆で、暮らしの土台になっているから、いちいち話に出ない。ただ、土台は少しずつ減っていても気づかれにくいものです。誰かの負担が増えていても、その人が何も言わなければ、家族の議題にはなりません。
家族の中で一番大きな位置を占めているものほど、一度も話し合われないまま来ていることがあります。ピアノと同じです。大きすぎて、動かないから、そこにあることが前提になっている。
家を建て替えることはできなくても、確かめることはできます。
1週間のあいだ、家族の誰も口にしなかったのに毎日使っているものを、3つ書き出してみてください。ピアノほど大きなものでなくてかまいません。玄関に出しっぱなしの靴。冷蔵庫の扉に貼ってある紙。テーブルの上にいつもある箱。書き出したら、そのうちのひとつを家族に話してみてください。それだけで、風景だったものが、もう一度そこにあるものに戻ります。
あなたの家で、あることが当たり前になりすぎて、一度も家族で話したことがないものは何でしょうか。それは、モノとはかぎりません。
◇ あわせて読みたい
・住環境シリーズ 第3回|家族のカタチは、家のカタチに引きずられる
・住環境シリーズ 第5回|子どもが本を読まないのは、本が見えていないから
投稿者プロフィール

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武蔵野美術大学卒業後、東京の建築デザイン事務所に就職。その後、京都で建築士事務所を設立。人の共通心理をとりいれた店舗や狭小住宅の企画設計を生業としていたが、59歳で心筋の半分以上が壊死する重度の心筋梗塞で倒れ、事務所を廃業。紆余曲折を経て住環境ライフコンディショニングコーチとしてリスタート。近年では、企業研修において、それぞれの組織に応じた内容にカスタマイズし提供している。
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