選択的注意で相手の心を理解するコミュニケーション術

「なぜ私の話は相手に伝わらないのだろう？」そんな疑問を感じたことはありませんか。実は、同じ空間にいても私たちが見ているものは人それぞれ違います。今日は私が建築事務所時代に経験したエピソードをきっかけに、コミュニケーションを少し深く考えるヒントをお伝えします。

同じ場所にいても見えているものは違う

建築事務所で働いていた頃、所長、先輩、私の三人でお客様のゲストハウスを訪ねたときのことです。完成当初は白い壁と無垢の床だけが目立つシンプルな空間だったのに、数か月後の再訪では温かな照明、趣のある家具、壁に飾られた絵画が加わり、まるで英国の邸宅のような落ち着いた雰囲気になっていました。

帰りの車で感想を話し合ってみると、面白いほどに注目点が違っていたのです。

所長（ジャズ好き）：「あのレコードプレーヤー、音が最高だったね」
先輩（家具好き）：「あのソファ、すごく高級そうで座り心地が抜群だった」
私（美術好き）：「壁のゴッホの絵、本物だったんでしょうか？」

すると所長と先輩は「え？絵なんてあったっけ？」と不思議そうに首をかしげました。同じ時間、同じ場所にいたのに、私たちはまったく別のものを見ていたのです。

「選択的注意」という心理現象

これは心理学で「選択的注意」と呼ばれる現象です。私たちの脳は膨大な情報を処理しきれないため、無意識に自分の関心のあるものだけを選んで見てしまうのです。有名な実験では、バスケットボールのパス回数を数えさせられている間に、ゴリラの着ぐるみを着た人が画面を横切っても半分近くの人が気づかないと言われています。何かに集中しているとそれ以外のことは見えなくなる。私たちには意図的・無意識の両方の心理があります。

この現象は私たちの日常でも頻繁に起こります。

職場では、同じ商品を見ても

技術者→「機能やスペック」
デザイナー→「見た目の美しさ」
経営者→「コストや効率」

家庭でも、同じ部屋を見て

料理好きの人→「キッチンの使い勝手」
読書好きの人→「本棚や照明」
子育て中の人→「安全性や動線」

このように同じものを見ても、立場や興味によって見え方は大きく変わります。私たちのコミュニケーションがすれ違う原因のひとつは「わかってくれるはず」という思い込みかもしれません。「あれだけ説明したのに、なぜ伝わらないの？」「あんなに良いプレゼンだったのに、なぜ響かないの？」相手の興味や関心の向きを考えずに、自分と同じものが見えている前提で話してしまうこと。それが誤解を生むことになります。

豊かなコミュニケーションのための4つのヒント

では、この「見え方の違い」を理解した上で、どうすればコミュニケーションはもっと豊かになるのでしょうか。私が実践して効果を感じた方法を4つご紹介します。

1. まずは観察する

相手がどんなことに興味を持っているかをさりげなく観察してみる。

どんな話題で表情が明るくなるか
身に着けているものや持ち物
よくする質問

2. 素直に聞いてみる

「最近ハマっていることは？」
「お休みの日は何して過ごす？」

このようなシンプルな質問で相手の世界を知るきっかけが生まれます。

3. 共通点を見つける

まったく同じ趣味でなくても構いません。

音楽好きと絵画好きなら「芸術への関心」
料理好きと園芸好きなら「育てる楽しみ」
スポーツ好きと読書好きなら「継続する大切さ」

共通するテーマを見つけることで会話は自然と弾みます。

4. 相手の言葉で伝える

自分の伝えたいことを、相手の関心に合わせた表現に変えてみる。

音楽好きなら「この企画は交響曲のようです」
視覚的な人なら「美しい風景画のようになります」
論理的な人なら「3つの要素で説明します」

今日から始められる小さな実践

今度、家族や同僚と映画を見たり、お店を訪れたりしたときに「どこが一番印象に残った？」と聞いてみてください。きっと自分とは全く違う答えが返ってきて、新しい発見があるし相手の世界を少し知ることで会話がもっと豊かになります。

「見えているもの」は人それぞれ。でもその違いこそが、私たちの関係を面白く、豊かにしてくれます。相手の世界に少し歩み寄る。そんな小さな心がけから、素敵なコミュニケーションが始まります。ぜひ、身近な人との会話で試してみてください。きっと新しい発見が待っています。

投稿者プロフィール

小橋広市: 武蔵野美術大学卒業後、東京の建築デザイン事務所に就職。その後、京都で建築士事務所を設立。人の共通心理をとりいれた店舗や狭小住宅の企画設計を生業としていたが、59歳で心筋の半分以上が壊死する重度の心筋梗塞で倒れ、事務所を廃業。紆余曲折を経て住環境ライフコンディショニングコーチとしてリスタート。近年では、企業研修において、それぞれの組織に応じた内容にカスタマイズし提供している。

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