伝えたはずの言葉の、その先に

あのとき、ちゃんと伝わっていたのかな。静かな夜、ふと浮かんだ会話の断片に、心が少しざわつく。たしかに伝えたはずなのに、何かがすれ違ってしまった気がして、自分の言葉を何度もなぞってみる。

人と人との間にあるのは、言葉だけではなく、その奥にある気持ちや、言葉にならなかった思い。もしもう一度、あのとき問いかけることができたなら──会話は、もっとやわらかく続いていたかもしれません。

原点の記憶:セミナー登壇の思い出

そんな私にも、忘れられない原点があります。

はじめてセミナーに登壇したのは、26歳のとき。テーマは「現場から観る生産性の向上」。今となっては少し照れくさいタイトルですが、当時の私は、大手鉄鋼メーカーの社内コンクールで奇跡的に優勝し、社内誌にも掲載されて少し有頂天になっていました。

ただ、思い返せば、そのセミナーは半年かけてチームで作り上げた実践的な内容が評価されたもので、決して私個人の力ではありませんでした。今ならそれがよくわかります。若さゆえの勘違い。今思えば、恥ずかしい思い出です。

とはいえ、あのときの緊張感や手探りの感覚は今も記憶に鮮明に残っています。前夜に何度もシミュレーションを繰り返し、眠れなかったこと。そして「言葉だけで人に何かを伝えること」の難しさに直面したこと。あの経験が、今の私の礎になっています。

フィルターの違いが生む、すれ違い

人は皆、それぞれ異なる“フィルター”を通して、物事を見たり、聴いたり、感じたりしています。同じものを見ても、経験や価値観によって受け取り方や意味づけは大きく異なるもの。例えば、同じ映画を観ても、ある人は感動して涙を流し、ある人は怒りを覚える。どちらが正しいということではなく、それぞれの体験や記憶に触れた“感情のスイッチ”が違うだけなのです。このような“違い”は誰にでもある自然なことですが、日常のコミュニケーションでは、そこに落とし穴があります。

言葉足らずが招くすれ違い

それが、下記のような「言葉足らず」によるすれ違い。

  • 「このくらい言えば伝わるだろう」と思って話す
  • 相手も「きっとこういう意味だろう」と自分の基準で解釈する
  • 互いに“省略された会話”を繰り返し、誤解が積み重なっていく

こうした“思い込みの会話”が続くと、小さな不満やストレスが蓄積され、やがて些細なことから喧嘩や断絶につながることもあります。

解決の鍵は「質問力」

では、この「負のループ」をどうすれば断ち切れるのでしょうか。答えのひとつは、「質問力」にあります。先ほどの映画の感想をめぐる会話でも、「あなたは、どのシーンに共感したの?」と問いかけてみるだけで、会話の方向性は大きく変わります。上手な質問には、こんな力があります:

  • 相手に“興味を持ってもらえた”と感じさせ、心を開かせる
  • 会話を深めるきっかけになる
  • 誤解を解消し、真意に近づく手段になる

小さな変化が生む、大きな気づき

ある知人のご夫婦は、以前はほとんど会話がありませんでした。でも、奥さんが少しずつ問いかけを増やしていくうちに、ご主人が次第に言葉を返すようになり、今では自分から話題を振ってくれるようになったのだとか。

ご主人が話すようになったのは、「話したくなった」からではなく、「受け入れてくれる」と感じたからかもしれません。親しい関係ほど、言葉は省略されがちです。だからこそ、意識的に「質問」を取り入れることで、すれ違いのすき間にあたたかな風が通るようになり、それにそっと手を差し伸べるように。質問は、ちょっとした優しさのカタチです。

あなたの大切な人との関係にも、ぜひ試してみてください。

【小さな実践】

会話の中で、相手が省略していると感じたら、 その背景をやさしく問いかけてみましょう。

たったひとつの質問が、関係の温度を変えてくれるかもしれません。

投稿者プロフィール

小橋広市
小橋広市
武蔵野美術大学卒業後、東京の建築デザイン事務所に就職。その後、京都で建築士事務所を設立。人の共通心理をとりいれた店舗や狭小住宅の企画設計を生業としていたが、59歳で心筋の半分以上が壊死する重度の心筋梗塞で倒れ、事務所を廃業。紆余曲折を経て住環境ライフコンディショニングコーチとしてリスタート。近年では、企業研修において、それぞれの組織に応じた内容にカスタマイズし提供している。

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