先日、退職を考えている女性から電話で相談を受けました。
詳しい事情は控えますが、その方は大手メーカーで30年近く勤めている中間管理職の方でした。長く組織に身を置き、責任ある立場で働いてこられたからこそ、「退職後の自分が想像できない」という言葉には、重みと現実感がありました。
その話を聞きながら、私は自分の過去と重ねていました。私自身も、大手企業を離れ、新しい環境に進んだ経験があります。退職の意思を伝えたときは、不思議と気持ちは軽く、これから始まる新しい世界への期待や、どこか解放されたような感覚がありました。しかし、その感覚は長くは続きませんでした。
退職が現実のものとして迫ってきた頃、これまで感じたことのない不安と恐怖に襲われたのです。夜も眠れず、「本当にこの選択で良かったのか」と何度も自問しました。あれほど前向きだったはずの決断が、揺らぎ始めた瞬間でした。
なぜ、あれほどの不安が押し寄せてきたのか。
今振り返ると、それは単に環境が変わることへの不安ではありませんでした。これまで当たり前のようにあったもの、同僚との関係性、組織の中での役割、安定した収入や福利厚生、そして「大手企業に勤めている自分」という社会的な位置づけ。それらが一度に手から離れていくことへの、深い喪失感だったのだと思います。組織の中にいると、自分では意識していなくても、多くのものに守られています。その中で築いてきた安心感は、外に出た瞬間に初めてその存在に気づくものです。
そしてもう一つ、大きな変化があります。
それは「自由」です。自由は魅力的な言葉ですが、同時に「すべてを自分で決める責任」を伴います。これまで誰かや何かに委ねていた選択が、すべて自分に返ってくる。その重さに、戸惑いや不安を感じるのは自然なことです。
では、こうした不安はどこから生まれているのでしょうか。
それは、「これまでの自分の延長線上に未来を描こうとしている」ことにあります。会社という枠組みの中で評価されてきた基準や役割は、そのままでは通用しない場面も多くあります。しかし心のどこかで、「これまでと同じようにできるはず」と期待してしまう。そのズレが、不安や迷いとして表れてくるのです。
この状態のまま次の一歩を踏み出すと、行動が止まったり、選択に迷い続けたりすることがあります。転職を繰り返したり、起業しても思うように動けなくなる背景には、この内側の準備不足があることも少なくありません。
だからこそ必要なのが、マインドセットの見直し。
これは何か特別な考え方を身につけることではなく、「これからの自分はどう在りたいのか」を見つめ直すことです。これまでの延長ではなく、これからの人生をどう描くのか。その視点に立つことで、自分の軸は少しずつ整っていきます。ここで大切なのは、焦って行動を起こすことではなく、一度立ち止まり、自分自身と向き合う時間を持つこと。
・これからどんな生き方をしたいのか
・どんな時間の使い方をしていきたいのか
・どんな人との関わりを大切にしたいのか
こうした問いに丁寧に向き合うことが、退職後の不安を「準備」に変えていきます。退職はゴールではなく、新しい人生のスタート。特に長年組織で働いてきた方にとっては、ここからが「第二の人生」と言える大切な時間になります。そのスタートを、不安のまま迎えるのか。それとも、自分なりの軸を持って踏み出すのか。その違いは、これからの人生の質を大きく左右します。
もし今、退職や起業を考えているのであれば、一度自分に問いかけてみてください。「これからの人生を、どんな時間にしていきたいだろうか」その問いの中に、次の一歩につながるヒントがきっと見えてくるはずです。
投稿者プロフィール

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武蔵野美術大学卒業後、東京の建築デザイン事務所に就職。その後、京都で建築士事務所を設立。人の共通心理をとりいれた店舗や狭小住宅の企画設計を生業としていたが、59歳で心筋の半分以上が壊死する重度の心筋梗塞で倒れ、事務所を廃業。紆余曲折を経て住環境ライフコンディショニングコーチとしてリスタート。近年では、企業研修において、それぞれの組織に応じた内容にカスタマイズし提供している。
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