人のことは見えるのに、自分のことは見えない
電車に乗ると、車両のほとんどの人が下を向いてスマホを見ています。判で押したように同じ姿勢で、同じ距離に画面を構えて。
あの中には入りたくないな。
そんなことを思いながら、私は少し離れた場所から車内を眺めていました。ところが、その数十秒後です。ポケットのスマホが震え、メールの通知が入りました。気がつくと私は、さっきまで眺めていた人たちとまったく同じ姿勢で、下を向いて画面を見ていました。
観察していたはずの自分が、いつの間にか観察される側にいる。このとき、少し可笑しくなりました。人のことはあれほど細かく見えていたのに、自分がどんな姿勢でそこに座っているかは、まったく見えていなかったからです。

人は集団で生活する動物です。ひとたび集団の中に入って仲間になると、仲間を守ろうとしたり、仲間と同じ行動をとったりする。無意識のうちに、そうなります。もっとも、電車の中でスマホを見る行動は仲間意識ではありません。周りに合わせようとしたわけでもない。ただ、通知が来たから見た。それだけのことです。それでも結果として、私は同じ車両の全員と同じ動きをしていました。
意識していないのに揃ってしまう。無意識というのは、そういう働き方をします。
もうひとつ、似たような場面があります。新幹線で弁当を買い、座席に着いてから車内を見渡すと、満席に近いのに誰も食べていない。そうなると、包みを開ける手が止まります。誰かひとりでも食べていれば堂々と広げられるのに、自分が最初のひとりになるのは、なんとなく気が引ける。お腹は空いているのに、食べるかどうかを決めているのは空腹ではありませんでした。周りの様子です。
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という言葉がありますが、あれは無責任さの話というより、判断の基準を自分の外側に置いてしまう心の動きを言い当てているのだと思っています。
私のクセは、他人の目を基準にする
こうした場面をいくつか振り返って、自分の傾向が見えてきました。「他人の目」や「他人の評価」を基準にして、行動したり考えたりするクセです。ここで言うクセとは、しぐさや口ぐせのことではありません。問題が起きたとき、うまくいかない出来事にぶつかったときに、自分がどう動き、どう考えるかの傾向のこと。長年かけて身についた、自分にとっては当たり前すぎる反応の型です。
このクセは、人によって長所にも短所にもなります。他人の迷惑になることはしない。あの人に評価されたいから頑張れる。誰かに応援されるとやる気が出る。他者を基準にできる人は、そうやって力を引き出せます。ただ、私の場合は短所として出ることのほうが多いです。
評価されないとモチベーションが上がらない。自分が良いと思ったことでも、人目が気になって動けない。誰かに認められて初めて、これでよかったのだと安心する。同じ性質でも、出方がまるで違います。
やっかいなのは、このクセが平穏なときには表に出てこないことです。順調に進んでいるあいだは、他人の評価を気にしていても不都合はありません。表面化するのは、うまくいかなくなったとき。判断を迫られ、余裕がなくなったときに、いつもの型が顔を出します。そして、そういうときほど自分の状態は見えません。電車の中で自分の姿勢に気づけなかったのと、同じことが起きています。
根っこにある価値基準の曖昧さ
なぜ私の場合は短所として出るのか。理由ははっきりしています。自分の価値基準が明確になっていないからです。自分の中に「私はこれを大切にする」という基準があれば、人と比べる必要はありません。自分が良いと思っていることなら、他人の評価は結果でしかなくなります。基準が外にしかないから、周りの反応で自分の行動が決まってしまう。車内で下を向いた私も、弁当を開けられなかった私も、原因は同じところにありました。
もうひとつ大切なのは、自分の行動や思考の傾向を把握しておくと、問題が起きたときに軌道修正ができることです。ネガティブな思考に入り込んでからでは、抜け出すのに時間がかかります。「これはいつものクセだ」と気づけるだけで、そこから先の展開は変わります。ただ、このクセは長所探し・短所探しとは違って、自分では見えにくいもの。あの日の電車で私が自分の姿勢に気づけなかったように、内側からは死角になっています。
だから、外から見る仕組みが要ります。問題が起きたとき、自分がどう行動し、どう考えたかをノートに記しておく。数が集まってくると、そこに同じ形が繰り返し現れます。それが、あなたのクセです。もうひとつは、家族や親しい友人に聞いてみること。案外あっさりと、自分では見たことのない自分を教えてくれます。
最後に、ひとつだけ思い描いてみてください。直近で何かうまくいかなかったとき、あなたが最初に思い浮かべたのは、誰の顔だったでしょうか。そして、その人の評価がもし存在しなかったとしたら、あなたはどうしていたでしょうか。
投稿者プロフィール

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武蔵野美術大学卒業後、東京の建築デザイン事務所に就職。その後、京都で建築士事務所を設立。人の共通心理をとりいれた店舗や狭小住宅の企画設計を生業としていたが、59歳で心筋の半分以上が壊死する重度の心筋梗塞で倒れ、事務所を廃業。紆余曲折を経て住環境ライフコンディショニングコーチとしてリスタート。近年では、企業研修において、それぞれの組織に応じた内容にカスタマイズし提供している。
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