年を重ねるたびに、ふと思い出す言葉があります。
それは、私が中学生だった頃、祖父が何気なく話してくれていた言葉。当時の私は、その意味を深く考えることもなく、「そんなものかな」と聞き流していました。
けれど最近、祖父がその言葉を口にしていた年齢を、自分自身がいつの間にか越えていることに気づきました。不思議なもので、あの頃は気にも留めなかった祖父の言葉や、日々の振る舞い、物事の受け止め方が、ふとした瞬間に思い出されるようになったのです。
なぜあの時、祖父はああいう言い方をしたのだろう。
なぜ、あんなに肩の力が抜けていたのだろう。
そんな問いが、自分の人生と重なって浮かんできます。
年を重ねるということは、単に時間が過ぎることではなく、かつて聞いた言葉の意味が、あとから静かに追いついてくることなのかもしれません。今日は、祖父がよく話してくれたことと、私自身の人生経験を重ねながら、年を取って楽に、そして幸せに生きるために大切だと感じている3つのことを、あなたと一緒に振り返ってみたいと思います。

年を重ねるにつれて、若い頃には見えなかったものが、少しずつ見えるようになってきました。体力や回復力は確実に落ちていく一方で、「こうすれば、もう少し楽に生きられる」という感覚が、経験として身体に残っているように感じます。今日は、私自身の人生を振り返りながら、年を取っても楽に、そして幸せに生きるために大切だと実感している3つのことについて書いてみたいと思います。これは高齢期に限った話ではなく、若い方にも共通する視点だと感じています。
一つ目は、物事に「まっいっか」と60%で納得すること。
若い頃の私は、今思えばかなりの完璧主義者でした。仕事では納得がいくまで何度もやり直すことが当たり前で、時間や労力を惜しむことはありませんでした。その姿勢は一見すると真面目で誠実に見えますが、実はその完璧さを、無意識のうちに周囲の人にも求めていたように思います。相手は相当しんどかったでしょうし、何より私自身が常に緊張状態で、心も身体も休まることがありませんでした。
そんな私とは対照的だったのが、盆栽家の祖父でした。祖父は、何かうまくいかないことがあっても、「まぁ、こんなもんじゃな」「まぁええが」と笑って受け流す人でした。若い頃の私は、その姿勢をどこかいい加減だと感じていましたが、年を重ね、人間関係や仕事、そして体調の変化を経験する中で、祖父の言葉の意味がようやく分かってきました。すべてを100%にしようとすると、人生は息苦しくなる。60%で一度手放すことで、心に余白が生まれ、次に進む力が残るのだと、今は実感しています。
二つ目は、教育・教養を身につけること。
祖父はよく、「教育と教養が大事や」と言っていました。そして続けて、「教育いうのは、今日行くところがあること。教養いうのは、今日用事があることじゃ」と話してくれました。若い頃の私は、この言葉の意味がまったく理解できませんでした。勉強や知識の話だと思い込み、正直なところ、聞き流していたように思います。
しかし年を重ねて分かったのは、祖父が言っていた教育と教養とは、知識の量ではなく、生き方そのものだったということです。今日、行くところがある。今日、やる用事がある。それだけで、人は自然と前を向きます。私は今、「思い立ったら即行動すること」を大切にしています。小さな学びでも、人に会うことでも、散歩でも構いません。理由をつくって動くことで、心は閉じず、人生は停滞しません。祖父はそれを、難しい言葉ではなく、日常の感覚として教えてくれていたのだと思います。
三つ目は、他人と比べないこと。
人は本質的に、他者と比べながら生きています。理屈としては理解していても、私自身も「隣の芝生は青く見える」性格で、若い頃は人と比べては焦り、落ち込むことを繰り返していました。祖父はそんな私に、「人は人、自分は自分じゃ」とよく言っていましたが、その言葉も当時は心に届きませんでした。
他人と比べなくなったのは、第二の人生として協会を立ち上げた頃からです。「人は、自分が考えた通りの人間になっていく」という協会の理念を、自分自身が受け入れたとき、比べる軸が外側から内側へと戻ってきました。他人の評価や成果ではなく、自分がどう在りたいか。その視点に立てたとき、祖父の「人は人」という言葉が、ようやく腑に落ちました。
年を重ねるということは、何かを失うことではなく、力を抜いて生きることを自分に許すことなのかもしれません。完璧を手放し、動く理由を持ち、比べる相手を外に置かない。その積み重ねが、人生を少しずつ楽に、そして穏やかにしてくれるように思います。もし若い頃の自分に声をかけるとしたら、「そんなに頑張らなくていい」「60%で十分だよ」と伝えたい。そして今を生きる私たちも、時々立ち止まりながら、自分の歩幅で人生を振り返っていけたらと思います。
投稿者プロフィール

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武蔵野美術大学卒業後、東京の建築デザイン事務所に就職。その後、京都で建築士事務所を設立。人の共通心理をとりいれた店舗や狭小住宅の企画設計を生業としていたが、59歳で心筋の半分以上が壊死する重度の心筋梗塞で倒れ、事務所を廃業。紆余曲折を経て住環境ライフコンディショニングコーチとしてリスタート。近年では、企業研修において、それぞれの組織に応じた内容にカスタマイズし提供している。
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