家庭でも職場でも、「そんなつもりじゃなかったのに」という行き違いは誰にでも起こります。たったひと言の受け取り方が違うだけで、心の距離がすっと離れてしまうこともあります。私自身、サラリーマン時代は人間関係の小さな摩擦が積み重なり、会社へ向かう足取りが重くなる朝が何度もありました。このすれ違いには起こる理由があります。この仕組みを知っているだけで、人との関係がほんの少しやわらかくなります。

人と関わるというのは本来あたたかいものなのに、ときどき思わぬ行き違いが生まれます。「そんなつもりじゃなかったのに」と胸に小さなしこりが残るあの感覚。家庭でも職場でも起こる、ごく自然な現象です。私自身、サラリーマン時代の仕事始めは憂鬱で、電車の窓に映る自分の顔がどこか険しかったことをよく覚えています。今思えば、あの頃抱えていた息苦しさの多くは、すれ違いの仕組みを知らなかったことによるものでした。

私たちは相手の言葉をそのまま受け取っているようでも、実際には自分の経験や感情を通して「自分なりの意味」をつくり直しています。心理学では「省略・歪曲・一般化」という3つのフィルターと呼ばれますが、難しい理屈ではありません。日常の中で誰もが無意識にやっている心の働きです。例えば、

  • 情報の一部だけを拾う(省略)
  • 自分の思い込みで意味をねじ曲げてしまう(歪曲)
  • 一回の出来事をいつも・絶対と広げてしまう(一般化)
    身近な相手ほど、このフィルターが強く働きます。

昔、ある後輩が「上司が言うことをコロコロ変えるんです」と相談してきたことがありました。彼の中ではすでに「この上司はいつも変わる」という一般化が完成していました。でも、その上司は単に忘れっぽいだけだったのかもしれません。もし後輩が、「以前は◯◯と伺いましたが、今回は△△ということでよろしいでしょうか?」と穏やかに確認していたら、上司は自分の言動のズレに気づき、後輩も不要なストレスを抱えずに済んだはずです。人は、他人の言葉を通して初めて自分のクセに気づくことがあります。

家庭ではさらにフィルターが強まります。奥様がつい「いつも帰ったらテレビばかり見て!少しは手伝ってよ!」と言ってしまう場面を思い浮かべてみてください。そこには、

  • 「いつも」→本当に毎日か?
  • 「テレビばかり」→他の行動を見落としていないか?
  • 「少しは」→本当は「私の大変さに気づいてほしい」という気持ちではないか?
    という複数のフィルターが重なっています。本音は「具体的にこれを手伝ってほしい」というシンプルな願いなのに、感情のトーンに包まれると攻撃に聞こえ、売り言葉に買い言葉で負のループが始まります。

私が思うミスコミュニケーションの本質は、言葉そのものではなく、その背後にある心のトーンです。言葉は自分では見えませんが、内側のテンポや空気は、そのまま相手に届きます。焦っていれば焦ったまま、荒れていれば荒れたまま伝わる。逆に落ち着いて話すと、不思議と相手も落ち着きを取り戻します。関係性コンディショニングで大切にしているのは、まさにこの内側を整える力です。

ミスコミュニケーションは、誰かのせいでも能力不足でもありません。「人はこうやって世界を受け取る」という仕組みを知っているかどうかの違いです。仕組みを理解しているだけで、相手の言葉に過剰に反応しなくなり、怒りよりも理解が先に立つようになります。関係がやわらかくなる瞬間を、私たちは現場で何度も目にしてきました。

そして最後に、私たちのコミュニケーションが少し軽くなる小さな実践をひとつ。

私たちの言葉は、相手に届くまでに二つの関門を通ります。

  • 情報をイメージに変えるとき(ここで省略や歪曲が起きる)
  • イメージを言葉に変えて伝えるとき(ここで一般化が入りやすい)

この2段階が存在することを知っておくだけで、すれ違いは自然と減っていきます。「いま自分はどのフィルターを通して相手の言葉を見ているんだろう?」と一瞬立ち止まるだけで、コミュニケーションの質は驚くほど変わります。

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投稿者プロフィール

小橋広市
小橋広市
武蔵野美術大学卒業後、東京の建築デザイン事務所に就職。その後、京都で建築士事務所を設立。人の共通心理をとりいれた店舗や狭小住宅の企画設計を生業としていたが、59歳で心筋の半分以上が壊死する重度の心筋梗塞で倒れ、事務所を廃業。紆余曲折を経て住環境ライフコンディショニングコーチとしてリスタート。近年では、企業研修において、それぞれの組織に応じた内容にカスタマイズし提供している。

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