七十一歳になって、よく思うことがあります。それは「もう遅い」という感覚ではありません。むしろ逆で、「まだ続いている」という感覚。ただし、若い頃とは違うかたちです。正直に言えば、不安はあります。体力は確実に落ち、回復には時間がかかる。新しいことを覚えるスピードも遅くなった。先の予定を立てるとき、「この身体でできるだろうか」と一度立ち止まる自分がいる。これは七十一歳という年齢になって初めて、はっきりと自覚する不安です。

一方で、ふと頭をよぎる思いもあります。若かったら、できたことがもっとあったのではないか。体が無理を聞いていた頃なら、選べた道が違ったかもしれない。ただ、この思いは「後悔」とは少し違います。悔やんでいるのではなく、「理解の順番」が違っていたら、人生の味わい方が変わっていたかもしれない、という静かな感覚です。

私は幼い頃、いわゆる健康優良児でした。丈夫な体を持ち、多少の無理は当たり前。仕事に打ち込み、走り続けることが生き方そのものになっていました。そんな私でしたが、五十九歳のとき、重度の心筋梗塞で倒れます。その後も大腸がんの早期発見、入院中の敗血症と、命に向き合う出来事が続きました。病室の天井を見つめながら、何度も問いが浮かびました。なぜ、ここまで無理をしてきたのだろう、と。

協会の理念に「人は、自分が考えた通りの人間になっていく」という言葉があります。若い頃の私は、「頑張り続けなければ価値がない」「止まったら置いていかれる」と、無意識に考えていました。その考えが行動になり、習慣になり、やがて体に現れた。体は、心の使い方を映す鏡なのだと、今なら分かります。

もし若い頃に、「休むことは怠けではない」「立ち止まることは負けではない」と理解できていたら、人生はもっと楽だったかもしれません。もっと自分の感覚を信じ、評価や役割から距離を取る時間を持てていたかもしれない。でも、当時の私には、その意味が分からなかった。ただ走ることでしか、自分の存在を確かめられなかったのです。

若い世代を見ていると、当時の自分と重なる部分を感じます。情報は溢れ、選択肢は多い。それなのに「自分は何者なのか」「このままでいいのか」という不安を、静かに抱えている人が多い。中高年になると今度は、責任や役割が重なり、「弱音を吐いてはいけない」「期待に応えなければならない」と、自分を後回しにしてしまう。そして高齢になると、体の変化とともに、「この先、何を大切に生きるのか」という問いが現実味を帯びてくる。

年齢ごとに不安の形は違いますが、共通しているのは、自分の内側との接続が弱くなっていることだと感じます。外の評価、役割、スピードに合わせすぎて、自分の感覚を置き去りにしてしまう。だからこそ、今の時代に必要なのは、新しい知識よりも「再接続」という視点なのだと思います。

再接続とは、過去を否定することでも、若さを取り戻すことでもありません。これまでの人生を丸ごと引き受けた上で、いまの自分とつながり直すこと。私は、もう一度テニスコートに立ちたいという想いから、膝の人工関節置き換え手術を受けました。それは若さを競うためではなく、「自分の人生を、自分の足で味わいたい」という再接続の選択でした。

七十一歳になった今、できないことは増えました。けれど、感じ取れるものは確実に増えています。だからこそ思うのです。もしこの感覚を、若い頃に少しでも理解できていたら、人生はまったく違うものになっていたかもしれない、と。それは後悔ではありません。これからを生きる人たちに、そっと手渡したい視点です。

人生は、何度でもつなぎ直せます。
不安があるからこそ、再接続が必要になる。
年齢に関係なく、「このままでいいのだろうか」と感じたときこそ、自分の内側に戻るタイミングなのだと思います。

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投稿者プロフィール

小橋広市
小橋広市
武蔵野美術大学卒業後、東京の建築デザイン事務所に就職。その後、京都で建築士事務所を設立。人の共通心理をとりいれた店舗や狭小住宅の企画設計を生業としていたが、59歳で心筋の半分以上が壊死する重度の心筋梗塞で倒れ、事務所を廃業。紆余曲折を経て住環境ライフコンディショニングコーチとしてリスタート。近年では、企業研修において、それぞれの組織に応じた内容にカスタマイズし提供している。

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