私のおふくろは親父が他界してすぐにその症状が出始めました。今だから認知症の初期と言えるのですが、当時はまだ認知症の症状だと思わなかったので些細なことでよく喧嘩をしていました。親父が他界しておふくろは田舎に一人で暮らすことになり、私とは離れて生活していたので彼女の小さな変化に気づけませんでした。

やがて認知症が進み介護なしで生活するのは困難になりました。実家に来てくれているヘルパーさんから電話がかかってくるたびに、また何かあったのかとギクリとする毎日でした。当時、おふくろはヘルパーさんによく暴言を吐き、私にも一日に何度も携帯に電話をしてきて暴言を吐いていました。仕事にならないので携帯電話の電源を切っていた時期もあります。

認知症の方がみんなそうだとは言いませんが、おふくろはそれを知らない人の前ではよそ行きの顔を見せます。 おふくろのことを知らない人だったら認知症とは思わないでしょう。認知症なってからのおふくろは人の顔色を読むのが得意で、自分の味方でないと判断した途端、話しかけても無表情になり蝋人形のようになります。

そんなおふくろに私はあることを試みるようになりました。それは仕事で使っているコーチングのスキル。
私が実家に帰った時には長い時間をかけて認知症のおふくろにコーチングをします。これには健常者と違うアプローチ法でチャレンジしていました。認知症になると視界が狭くなるので、しっかり本人に近づき視界の中に入り彼女の表情をじっくりと読み取ります。認知症の方の視界は、人差し指と親指で◯を作りメガネのように周囲を見てみると違いがよく分かります。

目をそらさないように声のトーンを落として優しく笑顔で語りかけるように話します。こうして彼女から嫌だった出来事を聞き、その時に湧いた感情を具体的に聴きます。他の嫌な出来事の感情も聴きながら、怒り、悲しみ、寂しさなどの共通する感情を探します。ここで注意することは誘導的に感情を引き出さないこと。

これをやると、こちらが誘導で出した感情に本人が合わせてきます。これは認知症特有のクセのようなもので考えるのが面倒くさいのです。世間話をしながらたっぷり時間をかけて話を聴くことになります。認知症が進んで記憶はなくなるかもしれないが、感情だけは最後まであるそうです。

結局、おふくろの怒りのトリガーに触れたのは、ヘルパーさんに甘いものを食べるのを注意されたのが気に入らなかったらしいのです。彼女は糖尿病なので、ヘルパーさんにしてみれば身体を心配してのこと。その時に私が思ったのは、それほど長くない人生の中で身体に悪いからと「やらさない」「食べさせない」ということは本人にとっては幸せではないということ。

おふくろが好きなものを食べる時の幸せそうな表情を見ると、自分の口で感情を言える間は彼女が楽しむ時間を大切にしたいと思いました。認知症の家族を介護することは簡単ではありませんが、アプローチのしかたを変えただけで、一緒に過ごす短い時間の中で本人の小さな幸せを見つけることができます。

 

投稿者プロフィール

小橋広市
小橋広市
武蔵野美術大学卒業後、東京の建築デザイン事務所に就職。その後、京都で建築士事務所を設立。人の共通心理をとりいれた店舗や狭小住宅の企画設計を生業としていたが、59歳で心筋の半分以上が壊死する重度の心筋梗塞で倒れ、事務所を廃業。紆余曲折を経て住環境ライフコンディショニングコーチとしてリスタート。近年では、企業研修において、それぞれの組織に応じた内容にカスタマイズし提供している。

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